【さよならの朝に】
2018年8月26日
早朝に目覚めて、ベッドを見つめる──。
沖縄滞在最後の夜は、こんな調子だったらしい。
──ベッドに潜り込む気力さえなかった──
打上げを終えて客室に戻ったのは、25時過ぎ。休むまもなく着替えて、24時間使えるジムに向かった。滞在期間中、2度は使いたかったが、これも予想通り、そんな余裕はまったくなかった。
昼は本番へ向けた準備、夜は部屋で明方まで記録動画の編集…。少数精鋭のチームで向かった立派なリゾートホテルでの仕事に寛ぎの時間を期待するほど、ぼくの経験値は低くはない。
──目の前の仕事はその瞬間に終えたい──
最終日、6日目の2演目の記録動画をまとめたかった。しかし、そんなトップエリートのような振舞いは、ぼくにはできるはずもなかった。
目覚ましをかけずに横になった記憶がある。ところが、夢になかで見た通り、チェックアウト3時間前に自然と目が覚めた。
既に映像素材の取込みと編集のためのフォーマット変換は終演後に終えてあった。
──まだ間に合う──
連日、記録を仕上げてきたので、6日目ともなればもう手慣れたものだ。2時間と少しで作業を終えて、動画配信サービスにアクセスした。
アップロードが完了するまでの間に朝食をいただきに向かった。毎日食べても飽きることのない充実したメニューと酸味と苦味が絶妙に混じったブラックコーヒーを今朝もたっぷり堪能──。
窓辺に映る景色と夏休みの家族連れで賑わうビュッフェの様子を眺めながら、37年前、母に連れられてきた沖縄で体験した出来事の記憶を弄んだり、かつては特別なひとのための場であった「高級ホテル」の移り変わりについて考察を深めたりしながら、過ぎた時のながさについて想いをめぐらせていた。
──生きる──
ひとはいつの時代も、生きるために必死だった。その挑戦の歴史があるからこそ、ぼくたちは今を生きていられる。
37年前に沖縄に来たとき、母は、ちょうど今のぼくの年齢と同じ、47歳だった。価値観も社会情勢も今とは異なる今、当時の心情を訊いたところで何になる? それでも、興味があった。
──母が何を想ったのか?──
母は今でも笑顔を絶やさずにいてくれる。けれど、今の母に何を訊ねても、もう応えは帰ってこない。
──ぼくがこの旅で何を感じたのか?──
これからの日々のなかで、きっと気づきが訪れるのだろう。そのためにぼくは、この歳に沖縄にやってきたに違いない。
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【沖縄パフォーマンス最終日】
2018年8月26日
本番6日目。
4日目を終えたあたりから、絶えず朦朧としている。
音源編集──。
昼夜の本番──。
音響操作──。
記録動画撮影および編集──。
MC──。
キャプテンシー?──。
標準の2倍くらいはある体型をしているのだから…
3人前は食べているのだから…
5人前は無駄話をしているのだから…
これくらい役割を担ってもまだ足りないかもしれない。
手が足りなくなって遅れている動画編集を現在の時間軸まで戻そうと、早出特編?を稽古場にてひとり取り組んでいる。
今日も眼下には見事な景色が広がっている。しかし、眩しがりのぼくは、眼を守るため、室内でもサングラスを着用しながらその自然の恵みを眺めている。
メインパフォーマンスと言える《WONDER WATER》は、昨夜の上演で千秋楽を迎えた。今日は午後と夕方に、ホワイトアスパラガス《MASK》、浅沼圭×安岡あこ《Rinne》を披露して大千秋楽となる。それそれ3度目の上演になるので、より技の精度やコンビネーションが高まっていくことだろう。
役目を完遂して何を想うのか?
それが一番の楽しみ。
ぼくの座る位置からは、バルコニーのガラスの柵の上端と水平線が重なって見える──。
嗚呼、なんて美しいのだろう。
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《WONDER WATER》in 沖縄
8月21日より沖縄県恩納村に新たにオープンするリゾートホテル=「ハイアット リージェンシー瀬良垣アイランド沖縄」にて、ひびのこづえ×ホワイトアスパラガス×川瀬浩介《WONDER WATER》ほか、新作《RInne》を含むパフォーマンスを上演します。
[公式] ハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄|沖縄のビーチリゾートホテル
▶︎パフォーマンス上演スケジュールパフォーマンス上演スケジュール
《WONDER WATER》沖縄バージョン(40分)出演:ホワイトアスパラガス 浅沼圭 安岡あこ
《MASK》サーカスパフォーマンス(20分)出演:ホワイトアスパラガス
《Rinne》ダンスパフォーマンス(20分)出演:浅沼圭 安岡あこ
衣装:ひびのこづえ 音楽:川瀬浩介
8月
21日(火)19時~ 《WONDER WATER》
22日(水)16時~ 《MASK》
19時~ 《WONDER WATER》
23日(木)16時~ 《Rinne》
19時~ 《WONDER WATER》
24日(金)16時~ 《MASK》
19時~ 《WONDER WATER》
25日(土)15時30分~《Rinne》
19時~ 《WONDER WATER》
26日(日)15時~ 《MASK》
17時30分~《Rinne》
*パフォーマンスのご観覧は無料ですが、ホテル内のカフェ等のご利用をお願い致します。
このほか、オープニングシーズンにあわせて、リゾートホテルならではのイベントが多数企画されています。
▶︎イベントタイムスケジュールPDFファイル→https://goo.gl/ukt1Jj
【恍惚のとき】
2018年8月2日
事務専用机を設けた。
これまではスタジオ内で並行して行っていたのだけれど、実に能率が上がらない──事務を始めると空間は書類であふれて作曲に手がつけられなくなり、作曲に集中するため書類を整理すると、今度は事務が滞ってしまう。
──アタマノナカガウルサイ──
脳内の整理が必要な年頃になってきている。そのため、この2年ほどは、パフォーマンスを上げるために必要と思われることを試し、取り入れている。環境づくりもその一環だ。
母の不在で空いたスペースに置いたテーブルには、限られた事務用品とコンピュータしかない。1日のうち、決めた時間にだけ事務をすることにした。メールの確認もそのときだけ行う。スマートフォンを使い始めて間もなく10年──常時連絡をチェックすることを理想としてきたが、当然のように、何事も利点ばかりではない。
──己の使命に集中するために──
今はそのことだけを考えている。
今夜は、仕上がったばかりの音源を、その事務専用机にあるコンピュータで聴いている。長年、録音エンジニアリングをこなしてきただけに、仕上がりは上々。スタジオの環境で聴くのと遜色ない音が聴こえてきた。まずは何より一安心だが、本番へ向けてまだ改変していくことになるだろう。
こうした時間に、ひとり想う──。
──音楽こそ、母が授けてくれた一番の贈りもの──
音楽に没入している時間は、まさに〈恍惚のとき〉だ。痛みや苦しみを覚えることはあっても、それから何も感じることはない。音楽がそばにあるだけで──喜びも愉しみも可笑しみも──あらゆる感情から解き放たれる。
──無 nothingness──
「恍惚」を英語で何というのか?──調べていたら、この言葉のもう一つの意味を思い出した。
恍惚とはまさに、今、母とぼくが過ごしている時間のことをいうのだろう。母とぼくとで、その二つの意味を体現しているかのようだ。
──あるべき場所に帰る──
広義において、人はそれを「旅立ち」と名付けたのだろう。
母が自ずとそうしているように、ぼくも今、ぼくのあるべき場所にいる。
「音楽」という営みのなかに。
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【目がくらむ】
2018年8月1日
まるでアスリートのようだ。
限界まで歌うことに挑戦する──すると、もはや起きていることさえ難しくなり、そのまま眠りに就く。
数時間経過して目覚めると、近頃の筋トレの効果か? それとも、歌うこともトレーニングになっているのか? 全身の筋肉に心地よい張りを感じる。
食事は作り置いたおかずがある。外に出ることは一切ない。昼夜問わず、喉の調子が比較的いい時間帯に録音を敢行。暑さと、無理なハイトーンを多重録音するため連続して歌っていることもあり、時おり酸欠に気味になっているのか、視界が白む瞬間がある。
いつか母を入浴させていたとき、うっかりタイマーを掛け忘れていつもよりほんの僅か長く湯船に浸からせてしまったことがあった。慌てて浴槽から引き上げると、案の定、血の気が引けて、母は気を失いかけた。一大事にならなくてよかったが、人が脱力する瞬間の怖さを、あのとき改めて感じた。
──今、この家にぼくはひとり──
果たすべき約束を守るため、無理はしてはならない。だがしかし、その約束のために、全力を投じたい。持てる力のすべてを捧げて。
さて、今日の録音は比較的順調に進み、そろそろゴールが見えてきた。次の曲は、これよりもたくさん声を重ねることになりそうだ。トラックが増えていくので、ミキシングも一苦労。無論、それが録音の醍醐味なのだけれど。
この次のプロジェクトでも歌うことになったら、酸素缶を予め用意しておくことにしよう。
──己の身は、己で守る──
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【ようこそ! 真新しい自分へ】
2018年7月28日
昨夜に続いて、今夜もスパイラルホールへ。嵐が過ぎたあとの東京の夜空には、満月が浮かんでいた。
Ryoji Ikeda《C4l》──この作品も昨夜の《formula》と同様に、12年ぶりに観ることになった。
当時よりも様々な経験値があがったためか、感じるものがより多かった気がする。
What is Love? Never ask.
What is Peace? Never answered.
作品中に提示されるこのテキスト──膨大な情報量のある氏の作品から一部を引用することほど野暮なことはないが、12年前もやはりこのテキストの印象が強く残った記憶が、今回の鑑賞から呼び覚まされた。
今夜も2度続けての鑑賞──再び、とてもいい夜だった。
帰り道、ぼんやりと思い返すと、氏の作品を追い始めてから、もう20年以上の時間が経過していたことに気づいた。車を走らせながら自分のその執拗ぶりに思わず苦笑したが、真夜中の景色を見渡すと、慣れ親しんだ街並みもすっかり変わっていることを改めて知らされた。
そんなひとりの時間、最後に問うのは、自分自身の「今」についてだ。
──成長できたのか?──
駆け出してから二十余年──持てる力をすべて出し切っても、ぼくは未だここにいる。
わが「果たすべき約束」に向けては、今日も大きな成果は得られなかった。それでも、日課にしているエレクトリックギターの練習では、この一ト月ほどの間に、大きな前進を続けている感触が絶えずある。
──難しいフレーズが弾けるようになった──
それが手応えというわけではもちろんない。その成長は、側からみれば、何の変化もないように映るだろう。けれど、明らかに大きく前進している。
──理想のトーン──
押弦、ピッキング、タッチ、チョーキング、アーミング、ギターからアンプへのボリュームの入れ具合…演奏中、手先でコントロールできるそのすべてのパラメータを操り放つ「ぼくの音色」──ギターを手にとってから30年ほど経つが、ようやく理想のトーンが奏でられてきた。
──ギターミュージック──
ロックやメタル、ジャズ、ブルーズという枠にとらわれず、ギターである情景を奏でる音楽を綴りたい。
──次に目覚めたら、もうぼくは、真新しい自分──
青き時代から思い描いた景色を、いつかきっと。
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